携帯の番号

今の携帯番号に変えてまだ一年に行かないのだが、
携帯番号を変えてまでして、機種変(要するに新規)をしようと思ったことはなかった。
今使っているのはAUだが、DoCoMoの機種デザインがいいなと思っても、
番号の事を考えると、乗り換えようとは思わない。
使い慣れた番号だし、人にまた一から教えるのも面倒だから。
でも、そのうちキャリア変えても番号が変わらないポータビリティ制度が導入されたら、
案外コロコロ機種変するかも?

朝から雨

朝、雷に起こされました。
なんなんだ、昨日の暑さで今日の雨は?
これだから体調崩しやすいんだよね。
ちなみに今日は父が大阪に出張するんだけど、
朝から新幹線にしようか飛行機にしようか迷ってた。
オイオイ、そんなんテキトーで午後の会議に間に合うんかぃ。

結局朝の新幹線で大阪に向かっている途中の同僚に電話したら、
静岡で止まってるとのこと。
朝からの大雨で、新幹線ダイヤが乱れてるらしい。
と言うワケで父は「じゃぁ、飛行機で行くかぁ」だと。
「早く行かないと、絶対新幹線の客が(飛行機に)流れてるから、混むよ。」とせかして送り出すワタシ。

30分後電話が鳴る。
父:いやー、参った。JALはキャンセル待ちで一杯だよ。
私:だから言ったじゃない。
父:で、ANAの所へ来たらチケット買ってからキャンセル待ちだってさ。
私:フーン。
父;で、買ってANAの人に今席空いてる?って聞いたらさ、
ちょうど一人キャンセル出て、12:00に乗れるよ。
私:朝からツイてるね。
父:ワハハ。それじゃ、行ってくるね。
私:いってらっしゃい。

なんという運の良いオヤジ…。
5分後、また電話が鳴る。
私:どーしたの。
父:アハハ、よく見たら11:00の飛行機だ。これで会議にも間に合いそう。
私:…(ただいまの時刻は10:33)
父:じゃ、行ってくる。

お父さん、あなたは運が良すぎます…。
気がつかなかったら、せっかくのチケットも便間違えて、
乗れなかった所でした。
でも、それをいちいち電話で報告するのもねぇ…。

SNSね…。

ある日の突然の電話で舞い込むことになったSNS
さてこのSNSとやらの醍醐味を吟味しようと言う時になって
いかれるパソコン。
ええ、一晩かけてリカバリかけましたわ。(泣

私を引きずりこんだ幼馴染みも、
そしてその幼馴染みを誘った人もなにやらSNSに対して考察を始めたようだが、
\(^_\)ソレハ(/_^)/コッチニオイトイテ…っと。

SNSにしろ、メッセにしろ、ブログにしろ、サイトにしろ、
要はこれらのソフトをパソコンと言うハードを通して、
いかに自分の便になるように使いこなすかが課題だと思う。
(課題って言っちゃうとシリアスなんだけど)

よくヤフーとかに「My Yahoo」なんてのがあるけど、
それを使っているユーザーっているのだろうか?
私は「My Yahoo」をブラウザのトップページにしている。
そこには必要最低限のブックマークはあるし、
ニュースのheadlineもあるし、ヤフオクなどもある。
テレビ番組や路線検索も一発でできる。
最初はご丁寧にも自分でHPを作ろうかと思ったけど、
そこは三日坊主、見事に挫折した。

これが意外と便利なもので、
自分のパソコンでも、他人のパソコンでも、
会社のパソコンでもどこでも、
つまりはインターネット接続環境にあれば、
ブックマークがそこにあるわけなのだ。
今日みたいに急にリカバリしても、
「必要最低限」のブックマークはあるわけだから、
バックアップしなくても平気。
ヤフーのメールも実はメールとして機能してるのではなく、
どちらかと言うとバックアップストレージにしている。
出来上がったドキュメントを一応ヤフーメールに送る。
一回、フロッピーを間違えてしまい、これに助けられた経緯がある。

楽観と悲観は紙一重?

今、人生の選択を迫られています。
今まで一途にやってきたことが、自分にはもう限界であるため、放棄した方がいいということと、
人生の軌道の乗り換え時点に来ていて、この軌道は今後の半生に影響が大きいこと、
この二つの選択に直面しています。
結果から言ってしまうと、間違いなく後者を選ぶのですが、
この選択という行動を自分が納得する所までは来たのですが、
自分の周りの人間や家族に伝えるのが怖いです。

それはある意味、周りから期待されていた自分とは違うから、
そしてその周りの人間の目を実はとても気にしているから。
本当は自分の人生だから、周りの人がどう思おうと自分が歩くものなんだけど、
時にはそう簡単にも行かず、悩む、迷う、苦しむことになるのです。
先週末なんかそんなワケでそれはそれはとても憂鬱に過ごしました。

一応話せる人には話して、ある程度気持ちは落ち着けてもらってますが、
やっぱり家族とかに決定を告げるのはもうちょっと先延ばしだなぁ。
悲観的に見ると、結果を出せなかったことについては悔しいし、
それまでの努力や費やした時間が無駄に思えて仕方がないのです。
でも、もしその結果を得たことによってどうなるかというと、
まずは家族や周りの人に納得させる事が出来ること、
自分の描いていたものを得たこと、
でも、実生活に何の役に立つかと言うと、微々たるものかもしれません。
では楽観的に見ると、結果を出せなかったけど、
その結果を追い求めている経過において、別の副産物を得たこと、
その副産物は具体的に見える物ではないが、
これから生きていく上で自分の能力として身についていること、
そして自分が思いもしなかった所に自分の適性を見いだせたと言うことです。
冷静に分析してみると今の自分はそんな状況です。
悔しい思いもある、でもハッキリわかったこともある。
悲観的な気持ちに浸るか、楽観的になり次のステージへ向けて頑張るか、
夏には答えを出していたい、いや、出していなければならない。

あんまりセンス良いようには…

オリンピック日本代表のユニフォームが決まったそうだ。
しっかし、本当にあれ、世界的なデザイナーの設計?
この前のシドニーなんかレインボーだったんだけど、
ヨーロッパではレインボーって「同性愛」の色なんだよね。
開会式見て、引いた。
あれは外国人の友人にも呆れてたよ。

今回は花柄?牡丹かなんからしいけど、
正直言って素人目には良いセンスには見えない。
スポーツマンが着るにはイメージと実際がすごくアンバランス。
個性とか言うけど、あれじゃ個性も何もありゃしない。
ハッキリ言ってダサイと思う。

女子バレーの吉原選手や佐々木選手、
野球の古田選手とか松坂選手が着てるの想像も出来ない。
(どの組み合わせでも)
これが女子バレーのメグとかカナならまだいけるかもしれないけど、
確かこの前、特ダネかなんかで大友選手とメグが、
「(普段の服装は)シンプルがいい」って言ってた。
そこへ開会式にあのデザインね…。

別に紺のブレザーとか言うお決まりのにして欲しいわけじゃないけど、
でもあれはないでしょ、あれは。
個性とか言う前にあれを好んで着たい選手がいるかどうか怪しい。

個々のスポーツ(バレー、野球、サッカー)とかのユニフォームはかっこいいのに、
なんであの代表ユニフォームはダサイんだよ!

あの事件

例の長崎の小六少女の同級生殺害事件。
いろんなとこでいろんな論議が展開しています。
私も友人と一緒に話しています。

しかし、周囲の大人が受けたショックは凄いものです。
まずは被害者と加害者の親。
被害者の父親の手記を見た時は涙が出そうになりました。
そして加害者の両親もきっときっと大変だと思います。
世間の非難を一身に浴びるわけですから…。
そして担任の教諭もショックで教壇に立てる状況じゃないとか。
あの日以来、教室に行くことが出来ないそうです。
そして、駆けつけた救急隊員まで…。

きっと想像を絶する光景だったのでしょう。
だから大人でさえも受け入れがたいんでしょう。私は想像すら出来ません。
自分の首の脈打っている所をさわってみます。血が流れているのが実感できます。
ここを切ったのでしょうか?
小六の女の子が、綿密に計画を立てて殺害を企てたなんて。

私は小学校から続いている幼なじみの友人がいますが、
よくケンカしたけど、殺そうなんて思ったことはないです。
小学校からのその友人とこの事件を話す時は、
どうしても自分たちの小学生の頃を振り返ります。
ケンカしたし、口きかない日もあったけど、
気持ちをぶつけることも出来たし、仲直りも出来ました。
ぶつけたり、ぶつけられた気持ちをうまく処理も出来ました。
その間、親は別に何か役割があったわけでもありません。
親に愚痴ったこともありません。
でも、それは単純に子供のケンカとして、経験したのです。

今回の事件で大人の責任云々と出るかもしてませんが、
私の子供時代は、子供の世界に大人もあまり立ち入らなかったような?
それでは、一体今回の事件は何が原因なのでしょう?
少女が好んで見ていた小説でしょうか?
それともネット、チャットというバーチャルの世界でしょうか?
この事件で、亡くなったさとみちゃんへの一番の供養は、
きちんと原因を究明し、二度と同じような事を起こさない事だと思います。

ご冥福をお祈りします。