別れを知って普段のおろそかを知る

昨日、会社である同僚の送別会があった。
単なる部門配置換えなんだけど、日本ではなく台湾になるので、
りっぱな「別れ」だった。
これは私が社会に出て初めて経験する「別れ」だった。

その同僚は、とても穏やかなで人と争うことなどない人だ。
彼に対する第一印象は正直、いいものではなかった。
急な仕事を時間制限付きで頼まれたのが最初だった。
その同僚も職場に合わない性格だと自分で知っていたのか、
特に誰にも心を開かず、黙々と仕事をしているだけだった。
そして、その同僚のことも特に知らぬまま、ただ日々が過ぎた。

ある日、比較的仲の良い同僚A子とそして彼と私の友人2人の5人で、
お台場に行ってきた。食事した。いろいろしゃべった。
たったのそれだけで、次の日からの出勤が変わった。
彼はA子にも私にも心を開いたのか、友人として見てくれたのか、
3人で食事することが増えた。色々話すようになった。
そして同僚というよりも、友人として仲良くなった。
そう、仕事の愚痴も、個人の愚痴も、一緒に話した。聞いてくれた。
具合を壊した時は親身になって関心を持ってくれた。

そしてその彼から、配置換えの願いを上司に出したと聞いた。
A子は出張に出発する空港から朝早く電話をくれた。
強がりのA子は口には出さないけど、ショックを受けていた感じがした。
「私のいない間に何か言っておいて。」
大任を課せられた。
しかしA子にもわかっているはずだ。それは何もならないと。
そう、私にもわかっていた。いまさら何を変えさせることができよう。
でも、その時私は確実に心の中に感じていた一抹の寂しさを、
敢えて、無視していた。

配置換えが決まって、その日までしばらくの期間があった。
なんてことはない、いつもどおりに仕事した。
いつも通りに食事して、愚痴って、仕事中にチャットした。

その間に、今度はA子からもしかしたら研修の為に3ヶ月ほど、
職場を離れるかも知れないと言う話を聞いた。
これはまだ痛みが引いていない先のストレートパンチに、
また一発パンチが加わった形になった。痛い…。

その日の夕方、会社で私は猛烈な胃痛に襲われた。
顔では笑っているけど、強烈だった。
心に受けたショックが体の痛みを倍にしているような痛みだった。
そっか「別れ」を意識してやっとその人の大切さがわかるんだな。
それまで無視を決め込んでいた先のショックも一緒に出てきた。
たまらなかった。
子供じゃあるまいしと思ったけど、寂しくてどうしようもなかった。
夜、一緒にお台場に行った親友に電話した。
そこは親友、言葉に出来ない心の寂しさをすぐ汲み取ってくれた。
「一度に信頼している友人が二人もいなくなるんだもんね。」
そう、信頼してたんだな、同僚としてじゃなくって、友人として。
「彼にはともかく、A子ちゃんには寂しい気持ち伝えたら?」
「えーやだよ。照れくさいじゃん。」
「でも、きっとうれしいと思うよ。」
大人になると、気持ちを伝えることに面倒臭さや照れがある。
そうやって私たちは大切な人に自分の気持ちを伝えないでいる。
そう、「わかってくれるだろう」と自分勝手に信じて。
でも、言葉は何の為にあるんだろう。
人間は何で言葉を持ったのだろう。
気持ちを伝えるためではないの?
そう思いなおして、A子に電話かけた。
「今日は心配かけてゴメン。具合、大分良くなったよ。」
「そっか、それは良かったね。」
「今日、研修の話を聞いてね、なんか寂しくなったよ。」
「えー、3ヶ月だけじゃん。また戻ってくるよ。」
「うん、でもねでもね、やっぱりいないと寂しいなって。」
「…レズだったの?…」
「)(’%&$#」
(;_;)もー、これだからA子はいやじゃ、何がレズじゃ。

でも、自分の気持ちを伝えたことに後悔はしない。
そう、もう過去に気持ちを伝えずに後悔をしたことが
何度あったか計り知れない。
それなら、自分の気持ちを伝えたい、押しつけるのではなく、
ただ、伝えたい。

A子がそれをどう受け止めたか、私にはわからない。
さらっと流してくれたのか、気持ちとして伝わったのか、
彼女は何も教えてくれない。
でも、私が彼女を単なる同僚ではなく、
友人として見ていることは伝わったのではないかと思う。

送別会は、他の同僚も交えてわいわいがやがやと過ごした。
普段はあまり呑むのが好きではない私も、
同僚達が目を丸くするぐらい呑んだ。
なんだろう、何かをごまかしたいのかも。
そう、君の送別会で呑んで友情を表そうとしていたのかな?
酔ったふりして、いつもよりテンションが高かった。
それぐらいは誰もやるでしょ?!

知っててか知らないのか、A子も私を茶化し始めた。
そうそう、今夜は笑っていよう。笑って門出を祝おう。
二次会の提案をしたのも私。
A子は行きたくないようだったけど、無理矢理さそった。
「えー、じゃアルコールダメだよ。」
ハハハ(^_^;)、完全に酔っぱらったオヤジみたいに言われてる。
酔ってなんかいないんだけどね。
牛角のカクテルぐらいで酔うことなんてないじゃん。)

二次会のカラオケでは歌いまくり。
アルコールはもちろん入れてない。友達の心配は受け止めなきゃ。
何か餞別を贈ろうとしたけど、結局何も買えなかった。
彼はしっかりA子が送った忍者のTシャツを着ていた。
そう、強がりのA子もそれなりに彼を友人として、
そしてその配置換えを寂しく感じてたんだよね、彼女なりに。

A子は言葉に出して気持ちを言う性格ではない、
でも、それは人それぞれで、きっと彼にも彼女の気持ちは伝わっていると思う。
友達として、祝いと寂しさを私たちはそれぞれの形で表している。
A子は、先に帰宅したけど、その後私たちは朝の4時半までいた。
午前様なんて、仕事以外は初めてだ。

ほいじゃ、またね。なんて普段通りの別れをして、タクシーに乗った。
タクシーの運転手が、「いいですね、職場でカラオケですか?」
と、うらやましそうに話しかけてきた。
「ええっ、同僚の送別会だったんです。」
「えっ、明け方までですか?良い職場ですね。」
「ええ、いい同僚でしたから。友人のような同僚でした。」
タクシーの運転手は、その時の自分の気持ちを察してくれたかのように、
社会に出て、職場で友人と思える同僚なんて中々いないもんだ、
便利な世の中になったとは言え、電話やテレビ電話ではなく、
人間はやはり距離なく生身の暖かさで付き合いたいと、
いろいろ話してくれた。
そうなんだよね、私だけじゃない、
この名前も知らないタクシーの運転手も、職場での友情を大事にする人なんだな。
タクシーの運転手との会話が、少しすきま風が吹いていた心の中を、
暖かくしてくれた。

「あまり気を落とさないでね。」
下り際に運転手さんに言われた。アハハ、(^_^;)。
朝5時の街は風が冷たく、人もいなかった。
野良猫が何か食べ物を目当てにうろちょろしていた。
彼に電話した。
「家に着いたよ。さっきは言えなかったけど、向こう行っても元気でね。」
「うん、君もね。また出張で来たらよろしく。ありがとう。」

そうだよね。「別れ」ではあっても「終わり」ではないよね。
同僚としては終わりかも知れないけど、友人としてはこれからだよね。
「同僚としても、友人としても、大切な存在だったよ。
これからもいい友人として、連絡しようね。」
そうメールを彼に送信し、私は遅い明け方の寝床に入った。